ご存知の⽅も多いと思いますが、セーヴルは18世紀、華やかで豪華絢爛なフランス・ブルボン王朝時代に花開いたヨーロッパ最⾼級の磁器のひとつです。
この展覧会は、出展作品すべてが国内のコレクターから集められたというこれまでにない企画です。セーヴル窯が始まった1750 年代から約100 年間に制作された作品を中⼼に137件が出展され、セーヴルとフランス宮廷の歴史をたどることができます。⽇本の⻄洋陶磁コレクターの⽅々のレベルの⾼さに驚かされます。
セーブル窯の前⾝・ヴァンセンヌ窯
最初に展⽰されているのは、セーヴルの前⾝となったヴァンセンヌ窯で1750〜51 年に製作されたカップ&ソーサー。マイセン窯の試みに従った写実的な植物⽂様とソーサーの中央部分にカップをのせる環状の凸部があることが初期の特徴を伝えています。

《⾊絵⾦彩花⽂カップ&ソーサー》1750-51年、個⼈蔵
ヴァンセンヌ窯時代のもの。
ポンパドゥール侯爵夫人
フランス王家がヴァンセンヌ窯をセーヴルに移転させ、1759年に王立セーヴル磁器製作所としたのは、ルイ15世の寵妃ポンパドゥール侯爵夫人の献言によるもの。ポンパドゥール侯爵夫人は洗練された美的センスの持ち主として知られています。「ポンパドゥール・ピンク」と呼ばれるぬくもりを感じるピンクは、ポンパドゥール侯爵夫人の時代に特に使われた色だそうです。

《淡紅地色絵金彩天使図四方皿》1759年、Masa’s Collection
側面に透かしを入れた角皿で、カップ&ソーサーのトレー。
本作のピンク色はポンパドゥール侯爵夫人の時代に特に使われた色で、
後に「ポンパドゥール・ピンク」と称された。
デュ・バリー夫人
ポンパドゥール侯爵夫人の没後にルイ15世の寵妃となったデュ・バリー夫人のために作られたカップ&ソーサーも展示されています。デュ・バリー夫人は身分の低さと公妾という立場からマリー・アントワネットに冷遇されたエピソードで知られていますが、明るく愛嬌のある人気者だったそうで、愛らしい文様の似合う女性だったのではないでしょうか。

《色絵金彩壺文カップ&ソケットソーサー》1771年、個人蔵
ルイ15世の寵妃デュ・バリー夫人のために作られたミルク用カップ
ロココ美術と軟質磁器
1750〜60年代にかけてのセーヴルには、ポンパドゥール侯爵夫人が牽引したロココ様式の装飾が反映されています。軽やかな曲線を用いた器形に瑠璃色、ターコイズブルー、ピンク、グリーンなどの華やかな彩色と豪華な金彩が施され、繊細で優美な花鳥図や田園風景、キューピッドなどが描かれました。
18世紀半ばまで、フランスでは中国や日本の磁器に用いられるカオリンという磁土が発見できず、石灰や石英などを混ぜた陶土を用いた軟質磁器が生産されていました。しかし、1100度から1200度程度の低温で焼成する軟質磁器は温かみのある白色に様々な色彩を鮮やかに出すことができため、1768年にリモージュ近郊でついにカオリンが発見され、硬質磁器をつくることができるようになった後も、セーヴルでは長く軟質磁器がつくられました。
ブルー・セレスト(天青色)と称された彩色は、セーヴルの軟質磁器独特の色で、「王の青」と呼ばれたそうです。

《青地色絵金彩花果文皿》1776-83年、個人蔵
ブルー・セレスト(天青色)と称されるセーヴル窯の軟質磁器特有の色。
初期にはこの色が「王の青」と呼ばれた。
自然主義と「植物図譜」の流行
18世紀ヨーロッパでは博物学、自然史の研究が進み、動植物の生態が図譜として描かれ出版されるようになり、自然主義の思想から写実的な動植物の文様が染織品や陶磁器にも描かれました。それがロココ美術にも結びついていきます。

《緑地色絵金彩鳥図皿》1779年、Masa’s Collection
フランスの博物学者、数学者、植物学者であるビュフォンによる
『鳥類自然誌』から選ばれた鳥たちが忠実に描かれている。
マリア・テレジアへの贈答品
18〜19世紀当時のセーヴルの入手経路は王侯貴族の注文、宮廷と工房での展示会での販売、特定商人からの購入に限られ、1セットのみ生産されたと思われるものも多いそうです。ヨーロッパ諸国の王侯への贈答品としても活用され、豪華で洗練されたセーヴルのデザインは、マイセンはじめ他国の窯にも大きな影響を与えました。

《色絵金彩花文台付皿》1758年、Masa’s Collection
冷菓用アイスカップを並べるスタンドで、緑のリボンをあしらった意匠。
1758年にオーストリア大公妃マリア・テレジアに贈られたサーヴィス(食器セット)の一つとされる。
ルイ16世と王妃マリー=アントワネット
ルイ16世(在位1774〜1792)はセーヴルの最大のパトロンと言われています。その王妃マリー=アントワネットもセーヴルを愛し、とくに薔薇と矢車菊を好んだそうです。展示では小さなピンクの薔薇とブルーの矢車菊が散らされた優しい絵柄のサーヴィスセットなどを観ることができます。
マリー=アントワネットはヴェルサイユ宮殿内のプチ・トリアノンと呼ばれる宮殿を改装し、「王妃の村里」と呼ばれる田園風の庭園を作り、そこで子供たちと過ごす時間を楽しみました。好みの食器からも、そうした自然主義を尊ぶ王妃の心が偲ばれます。
また、1748年にイタリアでポンペイが発掘されると、新古典主義といわれるローマ風のファッションや意匠が流行し、セーヴルのデザインにも影響を与えました。

《色絵金彩花文スープ鉢》1782年、個人蔵

《藍地金彩七宝飾カメオ文カップ&ソーサー》1784年、個人蔵
真珠や翡翠、ルビーを模した盛り上がりのある、贅を尽くした七宝飾の技法で彩られる。
この技法はルイ16世が外交的な贈り物にのみ使うように指示したという。
ナポレオンと皇妃マリー=ルイーズ
1789年からはじまったフランス革命により、セーヴル窯は顧客だった王侯貴族を失いますが、名窯として知られていたためか閉鎖は免れ、革命中も生産が続けられたようです。展示でもフランス革命時代(1789〜1795年)の作品を観ることができます。
そして、ナポレオンが登場し、帝政となったフランスで作られたセーヴルは、アンピール(帝政)様式と称されるデザインへと一新します。特徴は、硬質磁器のみの生産となり、記念用もしくは公的なパーティための大きめの作品制作が主流になったこと、新古典主義を引き継ぎ、古代ローマやエジプトの様式を取り込んだ器形と文様による豪華で荘重なデザインになったことです。
ナポレオンも外交用・贈答用に大いに活用し、最初の皇后ジョゼフィーヌやオーストリア・ハプスブルク家から嫁いだ皇妃マリー=ルイーズも愛用したそうです。

《淡黄地色絵金彩花文動物図スープカップ》1804年、個人蔵
ナポレオンの戴冠を記念して作られた。
チューリップとラ・フォンテーヌの寓話の動物たちが描かれる。
セーヴルの芸術性
セーヴルは、フランス国王の庇護のもと、第一級の技術者、芸術家が関わったという。腕のよい絵付け師によって、ロココの代表的な画家ブーシェの絵画や花の画家P. J. ルドゥーテの『薔薇図譜』を写すなど絵付けの質が重視され、美しく品格の高い磁器に仕上がっています。また本展では、セーヴル最高の画家と言われるマリー=ヴィクトワール・ジャコットが描いた色絵陶板「モナ・リザ」が展示されています。日本ではなかなか観ることができない名品です。

《淡褐地色絵金彩「セロリの葉をした薔薇図」皿》1821年、個人蔵
マリー=アントワネットとジョゼフィーヌが庇護した
花の画家P. J. ルドゥーテが出版した『薔薇図譜』をもとに製作した
薔薇のサーヴィス(食器のひと揃い)の一点。
本作はジョゼフィーヌのバラ園にあった、失われた稀有な品種を描いたもの。

河原勝洋コレクション
町田市立博物館(現在休館中、2029年春頃に町田市立国際工芸美術館(仮称)として開館予定)が所蔵する河原勝洋コレクションは、なんでも鑑定団でも紹介された有名なヴァンセンヌ窯とセーヴル窯のカップ&ソーサーのコレクション。本展では約110件の中から厳選した30件が展示されています。

《青地色絵金彩風景図カップ&ソーサー》1760年
町田市立博物館蔵(河原勝洋コレクション)
聖霊騎士団の最高勲章である青綬の色に基づいている。
18世紀の他窯には見られない色で、1753-55年にかけて完成したルイ15世のための食器揃えで初めて用いられた。
本展では、詳しい論考やセーヴルの窯印の変遷がわかる画像が掲載された図録も刊行されています。18世紀のセーヴルは入手のむずかしい高額なアンティークではありますが、コレクションされたい方は参考になると思います。
こうした第一級でしかも個人蔵のセーヴル磁器を実際に眼で観る機会は大変貴重です。ぜひ観覧に出掛けましょう。
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妃たちのオーダーメイド セーヴル フランス宮廷の磁器
マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯
展覧会サイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/207sevres/
会期:2025年4月5日(土)〜6月8日(日)
開館時間:10時〜18時 (毎週金曜日は20時まで) *入館は閉館時間の30分前まで
会場:渋谷区立松濤美術館(東京都渋谷区松濤2-14-14)
入館料:一般800円、大学生640円、高校生・60歳以上400円、小中学生100円
*土・日曜日及び祝休日は小中学生無料 *毎週金曜日は渋谷区民無料
休館日:月曜日
交通案内 京王井の頭線 神泉駅下車徒歩5分 /JR・東京メトロ・東急電鉄 渋谷駅下車徒歩15分