膨大なスケッチから見えてくるデザインの本質
原研哉『DRAW』(美術出版社)
本書は世界中で幅広い活躍を続ける第一線のデザイナーである著者による、約40年にわたり生み出してきた膨大なスケッチを集めた一冊。白いページの上で様々な表情を見せる黒い線は、それ自体に生命力を感じさせる。デザインに昇華される前のアイデア素材という意味を遥かに超えて、読者のイマジネーションを刺激する。それは著者が駆け出しのデザイナーとして、自分の資質や表現の可能性を探る目的で描かれた、抽象的な「かたち」をめぐるドローイングにおいても見出すことができる。

若き著者はスケッチを続けるうちに描く対象が「不思議とあるかたちに収斂」していく過程で、「最初は自分の記憶の表出だと思っていたが、徐々にそれは自分という個体を超えた、人類の遠い記憶を含んだものではないか」という思考にたどり着く。本書ではその思考が、時代ごとに様々な形で表現されていく。
著者の原研哉さんは、日本を代表するデザイナーで、『目の眼』の名物連載「美の仕事」にも長年ご登場いただいている。デザインといってもさまざな分野があるが、原さんの代表作のひとつに、2002年から始まった「無印良品」のアートディレクションがある。本書に収められたスケッチではコップや皿、洗濯ハンガー、デニムパンツ、腕時計、ソファをはじめとする日用品は具体的かつ穏やかな線で描かれる。加えてモロッコやカメルーンの海外取材では、家の原風景が要点を押さえた大らかな線で記されている。まさに著者が言う「トレンドから距離を置き、時代を超えた価値観を意識していた」衣食住のデザインの原型に他ならない。

日常生活におけるデザインの探求は、やがて生活習慣にも向けられる。それはコロナ禍の直前に作られた、世界中の掃除の場面をつなぎ合わせたCMとして結実する。本書に収められたスケッチには奈良・東大寺で大仏を清める儀式、中国の高層ビルの窓を拭く様子、正月前のイランで行われる絨毯の洗濯作業が描かれる。また、そこでは各国の掃除器具はまるで現代の民具として捉えられているように見える。日用品が備わった個人の住居から、国境を越え大勢の人が存在する広い風景へ視点が移動するようなイメージの広がりが感じられる構成も素晴らしい。

350ページを超える本書は、著者が描くスケッチの多面的な魅力を伝える一冊であることは間違いない。しかし、それだけではない。「現在」に目を凝らしながら「未来」の環境を作り出すデザインの生成力。それを知り尽くした著者が「頭の中に生まれたイメージをできるだけそのまま外界に引っ張り出す作業」を探求し続ける、強靭な記録でもある。面白くないわけがない。
【書籍INFO】
書籍 「DRAW」
著者 原研哉
美術出版社 / 4,400円+税 / 2024年12月24日