特別先行公開 原研哉の「美の仕事」 国東の石塔 

特別先行公開 原研哉の「美の仕事」 国東の石塔 

 

本誌『目の眼』の名物連載「美の仕事」 デジタル&雑誌プランの会員限定 先行公開!

書籍から巨大企業のビジュアル・アイデンティティまで、最先端の視覚的表現を追求するデザイナー・原研哉さんが古き美しきものにふれる「美の仕事」。近年、石や石造物に注目している原さんからのリクエストで、古美術花元が手がけた意欲的な企画展「石のもの」展(1月25日(日)〜2月6日(金) 現在は終了)の会場を訪ねました。

本来はもう少し先の雑誌『目の眼』で紹介予定ですが、原さんの熱のこもったテキストをいち早く紹介したいと、今回はデジタル&雑誌会員限定で先行公開します。

 

 

原研哉「美の仕事」

 

 

●青花室の空気感

 「工芸青花」という不定期に刊行されている書籍の、布装の造本や、澄みわたったレイアウト、丁寧に撮られた写真、そしてよく推敲されているテキストの肌触りに興味が湧き注目していた。やがて神楽坂の新潮社の倉庫に「青花室」という空間がつくられ、ここで時折、展覧会やイベントを開催していることを知った。その流れから「石のもの」と銘打った、国東半島の五輪塔を中心とした、古美術店「花元」の展示会が開催されることを知った。そこで「目の眼」に相談して、今回はこの展示会にうかがって、花元の安東敬三さんに色々と教えていただくことにした次第である。

 書籍用の倉庫だったというコンクリートの壁に囲まれた空間は、程よく自然光の差し込む感じのいい空間だった。コンクリートの床に、時代を経た石のものが居並ぶ風景は、不思議な充実感に満ちていて、思わず引き込まれるようにそこに分け入った。

 

 

 

原研哉「美の仕事」

 

 

 

●五輪塔の魅力

 石のもので興味を惹かれるのが「五輪塔」である。球や角錐、角柱といった立体を積み重ね、頭頂に団子を載せたような、ことさら立派に見せようとする意図のない、どこか微笑ましい安寧を感じさせる造形である。最下段の四角い石が「地輪」、丸いのが「水輪」、その上の屋根のようなものが「火輪」その上に乗った団子の下側が「風輪」、その上の丸い部分が「空輪」というそうだ。風輪と空輪は一体だが、その他のパーツはバラバラに彫られた石で、世界を構成する五つの要素・五大を積み上げて塔をなしたのが「五輪塔」である。元々は一石に彫刻されていたのが、十三世紀、鎌倉時代の末期・南北朝時代に、パーツに分かれて積み上げる形式が確立されたそうだ。実に八百年前のことである。

 大分は「臼杵の石仏」でも知られているが、これは平安末期から鎌倉時代にかけて彫られた大型の磨崖仏群であるが、誰が何の目的で彫ったものかはわかっていない。この辺りは「石のもの」が多数彫られてきた土地柄なのかもしれない。

 

 きれいな円錐形の御許山からなる国東半島の付け根あたりには「宇佐八幡宮」がある。四万四千社を数える八幡宮の総本社と言われる神社だが、神仏の分離以前は、寺と一体のなった「宇佐八幡弥勒寺」と称されていた時期もあるとかで、密教や仏教が混然となった中世仏教文化が勃興していた地域のようである。御許山から流れ出る川の谷筋に集落が散在し、墓や自然災害の供養塔としての五輪塔が、作られては据えられ、作られては据えられして、やがては五千を超える数に達していたということだろう。今では木々に覆われ、藪に埋もれ、重ねていた石も崩れ落ちて、土中に半ば埋もれているものも多いとか。今回は、そのようなものを、安東敬三さんが足で歩いて探し出し、少しずつまとめてこられた成果としてのコレクションである。

 

 八百年という時の侵食によって、堅牢な凝灰岩も少しずつ風化し、ぼつぼつと起伏のある荒れた肌となる。苔むしたその風情には経てきた風雪を忍ばせるものがある。同時に「地・水・火・風・空」という五大を象ったシンボリックな形のせいか、見るものの心に忘れがたい影を落とす。日本の庭には、自然石が程よいアクセントを作るけれども、そして日本の庭は、自然そのものを模ったものが多いが、五輪塔という人為の介入は、自然の石とは異なる情緒を生み出すのか、庭の要所に好んで用いられてきた。墓標だったかも知れない石を、庭や身近に置くなどというと、縁起の悪さを思う向きもあるかも知れないが、数百年の風雪がこのオブジェクトを、墓標や供養塔としての機能をこえた、静謐な祈りのオブジェクトに昇華させてきたのだろうか。なぜかもはや不吉さとは無縁のものに変容している。

 


原研哉「美の仕事」

 

 

●五輪塔との出会い

 安東敬三さんと五輪塔との出会いについては面白いエビソードをうかがった。それは安東さんがまだ二十九歳の時であったという。家を建てようと構想していた安東さんは、家屋の解体業者に敷石や縁石を探してもらっていた。御影石があまり好きではないので、いろいろな種類の石を集めていたそうだ。そんな折、石に混じって五輪塔が出てきて、これも持っていってほしいと頼まれて思わず引き取ってしまった。家の傍らに置いておけばいいと思っていたが、その存在感の強さに耐えられなくなり、当時始まったばかりのヤフオクに写真を撮って出品したそうだ。買い手は思いの他すぐに見つかった。六本木「栗八」の高木孝さんが落札したそうである。高木孝さんとはそれが縁でお付き合いが始まったそうだが、高木さんのような骨董の目利きが求める魅力を持つものであることを知って、五輪塔に興味を持つようになったということである。今では、国東半島の山の中を、五輪塔を求めて歩き回っている。

 

 

原研哉「美の仕事」

 

 

●花元のはじまり

 二〇〇七年、今から十九年前、家が完成し、同じ時期に骨董店「花元」を開店した。サラリーマンをやっていた安東さんは、家ができた時にこの稼業に変わった。「花元」は大分の山間の道路沿いにポツリと存在している。一度お訪ねしたことがあるが、裏庭は見晴らしが良く、かなりの高低差のある立体的なつくりになっていて、そこにぽつり、ポツリと石のものが置かれていたと記憶している。安東さんの店にあるものは、朴訥で、静かで、安東さんの目に洗われ続けたとでもいうか、いい感じの空気を放っていて、いつまでもそこにいたいような、そしていつかまた再訪したいような安堵感を与えてくれるものばかりである。古道具坂田の坂田和實さんのお店に並んでいた品々と、どこか似たような空気感をはらんだものたちのように思われた。五輪塔は、そんな安東さんが扱うものの中では、強いオーラを発するオブジェクトであるが、灯篭のようなきつい存在感ではなく、うずくまってかすかに呼吸をしているような、独特の息遣いを感じさせるオブジェクトたちである。

 

 

原研哉「美の仕事」

 

 

●石を見る

 安東さんの家の庭から、神楽坂の「青花室」に運ばれ、床に並べられた多数の五輪塔を、ひとつひとつ見て歩く。当然のことながら、一つとして同じものはない。同じようなものを作るという発想は毛頭なかったのだろう。石が、なるべきかたちに加工されて塔になる。同じ水輪でも、球体に近いものから、餅のようにねっとりと膨満感のある形や、中年太りのおじさんのお腹のようにゆるい膨らみを持ったものなど、さまざまである。


 祖型と呼ばれる初期のものは、パーツに分かれておらず、一石を彫刻されたもので、これは胎児のようにも幼児のようにも見える。しかし決して存在感が小さいわけではなく、ひそやかながら親密な気配を周囲に漂わせている。自分の身の回りに置くなら、これくらいのものがいいかもしれないと、思わず見惚れていた。

 

 

原研哉「美の仕事」

 

 


 頭頂部に垂直に伸びた髷のような部分を持つものは、五輪塔ではなく「宝塔」というものであると教わった。最下段は「基壇」その上は「塔身」、屋根のような部分は「笠」、そして上方に伸びる髷のようなものは「相輪」と、部分の呼び方も異なるらしい。これは五輪塔群の中にあって圧倒的に強い印象を持ち、プロポーションも含めて美しい。思わず目を奪われるオブジェクトだ。


 会場の中央に置かれた五輪塔は、やや大ぶりで、地味に見えるけれども実直そうで、長く付き合えそうな空気を発していた。庭に置くならこのくらいがいいかも知れない。
 「五輪塔は、どんなところにおいても、しばらくすると、ずっと昔からそこにあったように周囲に馴染んでくるし、もはやそれがないと寂しいような存在にすぐになってしまうんです」と安東さんはいう。また 

「室内で見ると大きく感じるかも知れませんが、屋外で見ると案外と小さく見える。この五輪塔も家の庭にずっとおいていたのですが、この空間で見ると結構大きく感じるんですよね」とも。 

 

原研哉「美の仕事」

 

 

●庭に祈りを配する

 僕は今、日本の各地に旅館を作っていくお手伝いをしている。だから日本の空間とは何かということをいつも考えながら日々を送っている。門があるとか、瓦屋根だとか、畳の床があるとか、そういうことも確かに和の空間の特徴であるが、重要なことは、ホテルのように屹立し、周囲の自然や環境を睥睨する存在ではなく、自然環境の中にそっと挿入されたお皿のように、自然の恵みがそこに満ちるのを待つ、静謐な器であることが大事なのだろうと思っている。また日本のラグジュアリーというのは、飾ることではなく、なにもない、という状態を理想としていけばいいのではないかと思い始めている。旅館の中には、ことさらなアートはいらないかもしれない。ロビーに彫刻は必要なく、壁には絵も写真もいらない。テーブルの真ん中にセンターピースを置くようなことはせず、月並みなメッセージカードをテーブルに置くようなことも必要ないかもしれない。

 

 

原研哉「美の仕事」

 


 ただ、床の間となる空間をしつらえて、そこに生きた花を生ける。花の生け方は、技術の粋を披露するようなものではなく、気持ちを託してぽつりと配しておけばいいのではないか。そんなことを日々考えている。そしてふと、庭はどうかと思うのである。


 庭には自然の石がほどよく配されているのがいいと思うのだが、そこにこの五輪塔のようなものがほしい。それはなぜだろうか。


 うまくは言えないが、おそらくは五輪塔が、潜ってきた膨大な時間を経て、自然に対する人々の慎ましい「祈り」のシンボルのようなものに変容しているからかも知れない。日本人は自然に対する敬意を軸として文化を編んできた。それを表現する営みの表象として五輪塔があるのではないかと感じているからかも知れない。

 

 

 

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