
大徳寺門前の新大宮通は、東西は堀川通と千本通の間、南北は北大路通と北山通の間にある。新大宮通商店街は私が好きな通りだ。そして最近、この界隈で若い人たちが面白いお店を始めているのだが、それらのお店は古い商店街の中で、パズルのように違和感無くピタッと収まっている。こういう歴史ある街に憧れてやってくるのだから、当然のことなのかもしれないが。

「珈琲山居」は新大宮通の途中、冷麺で有名な中華の「サカイ」のすぐ南に下がった処にある。オープンしたのは2019年の11月27日、7年前である。なぜ詳細に書いたかというと主人の居山貴行さんは、お客様から「いい船出(11・27)」の日だね、と言われたそうだが確かに覚え易い日にちだ。実は私は、貴行さんより妻の優子さんと先に知り合っていたのだが、優子さんは下賀茂にある骨董屋さんでアルバイトをしていたからだ。

人が喫茶店を始めるのに、理由はいろいろあるのだろうが貴行さんの場合は昔から喫茶店巡りが好きだったという。大学で法律を勉強した貴行さんは、2008年、産業用機器メーカーに就職するために京都にやって来る。喫茶店巡りが大好きで学生時代から神保町を始め、京都のお店にも頻繁に来ていたというから筋金入りだ。貴行さんは埼玉の川越生まれ。妻の優子さんは山口で生まれ、高知と岡山で育った。そんな二人が大学時代に東京で出逢って、4年後に優子さんは先に仕事で上洛していた貴行さんと結婚するために京都にやって来る。そして二人は新大宮通で喫茶店を開くようになるのだから、人の縁とは不思議なものだ。

「京都は自転車でたいていの処には移動できるし、割と最初から京都に馴染んでました。いろいろな喫茶店を巡っているうちに、珈琲自体にも興味が出てきて。豆を自分で焙煎できることを知り、自分で焼く様になりました。最初は自分が飲むためだけにやっていたんですが、希望する友だち達にも配ってました。そうこうしてるうちに豆を売ってくれといわれる様になり、だんだんその気になってきてしまって(笑)」。
貴行さんのどこに惹かれたのかと優子さんにお聞きすると、「安定感でしょうか」と笑いながら応えてくれた。堅い仕事から、転職することに不安はなかったのだろうか。
「きっちりしてるから、大丈夫かなと思いました。楽しそうにしてるし、まあいいかなと。黙認です。うちはあまりお互いに干渉しないかもしれません。外出も一緒に出かけるのは半々くらいでしょうか。趣味は被っていると言えば被っていますが、それぞれにやっているというところもあって」。ある程度、優子さんにはこうなる予感があったのかもしれない。

一方、貴行さんは、「流石に焙煎を始めたときにはお店を持つなんてことは考えてなかったのですが、何か自分で食い扶持を稼ぐというか、そういうことには元々興味がありました。ただそれがなんなのかというのは全く判ってなかったんですね。僕は本当に人には恵まれていたので、会社では本当によくしてもらいました。今も店に元同僚が来てもらえますし、嫌で辞めた訳ではないのですが、どうせなら自分で何かやってみたいなと。それならこういうことを生業にするのもいいかなと思い始めました。
京都は面白い個人店が多いじゃないですか、東京ともやっぱり違いますし。自分はお店の人と話をするのが得意な方じゃないですけれど、普段使うお店が個性的な店ばかりだったというのもあって、こういう生き方もあるんだなと。だから若し京都に住んでなければ、お店をやるということはなかったと思います」という。

そして二人の物件探しは始まり、半年くらいかけて今の場所に巡り合う。築85年くらいの物件は新大宮通を歩いている時に、近所の不動産屋の貼り紙で見つけた。前年まで、着物関係のモノを取り扱うお店が入っていたらしく、最初はピンと来なかったという。それを知人のお茶会で知り合った同年代の建築士と相談しながら、今の形に作りあげていった。
「今みたいな感じじゃ全くなかったんですが、ここでやってみようかなと。直感でというよりも、腹を括るかみたいな感じでした。自分はあまり目立ちたくない性分なんで、商店街のど真ん中、しかも四つ角で店をやるっていうことに最初は戸惑いがあったんです。本当はもうちょっとひっそりしたお店をするイメージがあったので、最初は大丈夫かなとか思ったり」。

扱っている珈琲豆は特長に合わせて、貴行さんが手動の焙煎器で焙煎している。思っていたよりもこの仕事が楽しいという。お菓子とケーキ造りは優子さんの仕事だ。貴行さんは味よりも居心地を重視しているとおっしゃるが、珈琲もお菓子もレベルは高いと思うのは私の贔屓目だろうか。珈琲や喫茶店に関する書籍も充実していて、とても居心地のいい空間となっている。
「実際にお店をやってみると皆さん、お茶をするが好きなんだなと想いました。人のこと言えないですけれど(笑)。一人で来られてゆっくり本などを読んでいる方を見ると、その方の生活の一部に組み込んでもらえてる、っていう感覚があって嬉しいです」。


新幹線に乗って東京と京都を往復して描かれた二人の夢は、新大宮通でお店として結実した。新しい家族も増えて若いというには少し薹(とう)は立ってはいるかもしれないが、今では街にすっかり馴染んでいる。いつまでも元気で変わらずにいてほしいというのは、私の勝手な言い草だが。そう願うばかりだ。

◉珈琲 山居(こーひー さんきょ)
住所:京都市北区紫野上門前町107
電話:070-5431-6238
営業時間:12時~18時
定休日:火・水曜日
アクセス:地下鉄北大路駅徒歩15分/京都市バス大徳寺前下車5分
https://www.instagram.com/coffee.sankyo/
執筆:上野昌人(編集者・デザイナー)
1959年生まれ。2008年より京都に在住。出版社「無盡藏(むじんぞう)」代表。
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